Bitcoinとの出会いと現在

Bitcoinには、記憶が正しければ2016年の6月頃に出会った。

それ以前から堀江貴文さんらが将来性や革新性についてTwitterでツイートしていたのは知っていたが、僕には関係のない最先端のものだなあと考えていた。

そんな僕が、Bitcoinを販売所で購入し、今やBitcoinに関連する開発を行う会社に就職しようとしている最初のきっかけとなったのは、大学図書館の工学部分館で僕の興味を引いたブルーバックス暗号が通貨になる「ビットコイン」のからくりである。本書は、ビットコイン自体の仕組みについてはそこまで深く掘り下げていたわけではなかったが、通貨の歴史や、「通貨とは何か?」という問題、リバタリアン的思想について考えさせてくれたという点では良書であった。

この本を読了したあとは、ひたすらインターネットでBitcoinについて調べたり、Twitterで識者と思しき人を大量にフォローした記憶がある。幸運なことに、僕がBitcoinに興味を持ったその頃は低俗なアフィリエイトや詐欺ICO広告などはなく、正しい知識を身につけることができた(その頃はアルバイトもしていなかったのでBitcoinは殆ど買っておらず利益は全く出ていない)。

その後Twitter経由で暗号通貨に関する研究開発やウォレットシステムの開発をしているスタートアップにアルバイトとして参加することができ、現在もそこでエンジニアとして働いている。

僕はそこらの低俗なカネに目がくらんだ連中とは違うのだ。本当にトラストレスな世界の実現を目指して、それに貢献しているのだ。などと口先ばかりの警句(?)を弄しながら調子に乗っていたところ、Mediumに投稿された「satoshiが注意深く設定した世界の境界線」という投稿を読んだ。そして思った。

「僕がBitcoinに熱中し魅せられていた頃の気持ちを忘れていないか?」

Bitcoinの well-organized な美しさと未完成であることに魅せられて熱中していたのに、その感情を最近は全く忘れて、ポートフォリオを眺め、時たまマネーゲームに興じていた。そんなことでこの革命に少しでも貢献できるのか?いやできない。

僕は心を新たにしなければ後悔すると思った。

いろんな人生を生きたい

いろいろな種類の人生を生きたいと思うことがある。

大宮に住んで、居酒屋でバイトしながらミュージシャンの夢を追いかけて、彼女とのデートは氷川神社に散歩、みたいな生活。

会社を成功させ港区のタワーマンションに住む生活。ひとりで夜景を観ながらウィスキーを飲んで成功者の孤独みたいなのを味わったり。

中央線沿いに住んで若者のコミュニティでたくさんの友だちとわいわい暮らすとかも。

いろんな人生を味わいたい。経験したい。それには80年は短いなあ。

自分の内部に報酬を求めること

生きていれば、満たされない気持ちになる。

「仕事がうまくいかない」

「恋人がいなくて寂しい」

「日々漫然と過ごしている」

こういう時、貴方ならどう対処するだろうか。多くの人は、

「散財してストレス発散」

「風俗に行って寂しさ解消(男)」

「新しい出会いを求める」

などのように、外に解決策を求めるのではないだろうか。僕は少なくともそうだ。しかし、このような欲求不満の解消法には問題がある。それは、自己発電できていなく、何かに依存する可能性があるということだ。人は皆何かに依存して生きていると言われればそれまでだが、依存すること自体だけでない懸念がある。

たとえば、買い物でストレスを発散すると、お金がどんどん無くなっていく。

 

このようなことを避けるには、自分のなかに欲求不満を解消するためのものを作り上げるしか無いのではないか。たとえば、筋トレ。ストレス解消と共に体づくりにもなる。あと、プログラミングなど何かを作り出すことを趣味にする。そうだ、なにか生産を趣味にすれば、それで失うものはないし、むしろお金や信用を得られるかもしれない。

 

文章がまとまらない。要旨が見えない。無理やり書き始めたからか。

東京

東京は、日本の関東平野にあり東京湾に面する都市である。日本の首都である。 江戸幕府の所在地・江戸が慶応4年7月に「東京」に名称変更された。都が京都から明治2年3月28日に「東京」に遷されている。(Wikipedia

 これが、Wikipediaによる東京の説明である。僕にとっての東京の説明は次のようになる。

東京は、日本で最も人が集まる場所である。満員電車、交通渋滞、家賃が高いなどのデメリットがあるが、それを上回るメリットがあるので東京の人口は少子化が叫ばれる現在でも増加傾向にある。そのメリットとは、娯楽の種類や数が多い、仕事の種類が豊富、などはもちろんだが、なにより東京には日本、いや世界を変えるようなおもしろい人々が集まる場所であることだ。 彼らから受ける刺激はあなたの人生の糧となり、ガソリンとなるだろう。もしかしたら、あなたが世界を変えるのかもしれない。

 僕の父親は東京出身で祖父母は埼玉県に住んでいるので、北海道出身の僕でも東京には小さい頃から何度か行った記憶がある。その子供の頃の記憶では僕は、「東京嫌い。水はまずいし空気は汚い。人も多くて息が詰まる」と言っていた。しかし、大学生になってからの僕は、少なくとも2ヶ月に一回は高速バスに乗って東京に行き、色んな所を散策したりした。カフェ巡りもした。彼女も東京で出来た。理科大生でもないのに理科大の自習室で作業をしたりした。

人の考え方って、けっこう大きく変わるものなんだね。